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愛知県絞工業組合

 

江戸時代の人気の土産物、有松絞

 
 「ほしいもの有りまつ染めよ人の身のあぶらしぼりし金にかえても」。東海道中膝栗毛の中で、弥次さんに、人の身の油を絞って金に換えてでも買いたいとの狂歌を謳わせた有松絞。江戸時代、有松・鳴海絞は東海道筋の中でも有名な土産物でした。この地で絞がはじまったのは、知多の竹田庄九郎という人が移り住んで技術を広めたとか、慶長年間に名古屋城を築城した際、九州豊後から大名と一緒に来た三浦玄忠という医者が豊後絞を伝えたなど、いろいろな説があるようです。どちらの説をとるにしても400年近い歴史をもち、逆に説が定まりにくいことが歴史の古さの証といえそうです。
 

いまも手作業で行われている括り

 
 かつて庶民の衣料などに使う染料といえば藍染めが一般的でした。藍は、染料のついた部分が空気に触れて酸化することによって発色します。それを何度も何度も繰り返すことによって、美しい藍色に染め上げていくのです。布の一部を糸で括(くく)り、染料に付けても空気にふれないようにすれば発色することはありません。いまでは化学染料も使われていますが、これが絞の原理です。
 有松・鳴海絞が東海道の旅人たちの評判になるにつれ、括りの技法や染色技術は数多く考案されていきました。最もよく知られているのが布を少しずつ指先でつまみ上げて堅く括り、そうして出来た小さな丸型を集めて模様にした鹿子絞です。このほか絞にはたくさんの種類がありますが、いずれも糸で括るという細かな作業をともない、その多くがいまも手作業に頼っています。機械化することの難しさと多くの需要が、大資本の進出を防ぎ、伝統的な技法を今日まで維持してきた理由にもなっています。
 一方で経済成長時代の人件費の高騰などによって後継者難となりました。こうした状況を改善するため、より大きな力を結集しようと昭和42年に、鳴海、有松、大高の各産地の組合が集まり、愛知県絞工業組合が結成されました。
 
東海道の賑わいとともに発達し、技をきわめて400年
手作業で行う括り作業の風景
 

絞りの技術を伝える「絞セミナー」

 
 かつて絞の作業は姑さんからお嫁さんへと受け継がれる、一種の内職的な面がありました。戦後の一時期には、知多半島や周辺の島々でも絞を行う人はたくさんいましたが、根気と技術が必要なため、次第に後継者も減っていきました。一部は海外で生産されていますが、国の伝統的工芸品に指定されているように、絞は日本の文化そのものです。組合では「絞セミナー」などを開き、後継者育成に力を注いでいます。最近は絞の技術を学びたいという全国からの問い合わせも寄せられています。また、デザイン、加工技術の研究にも取り組み、新しい需要の開拓も進めています。
 

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