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青森県の三内丸山遺跡からも分かるように、縄文時代には、すでに大きな集落が形成されていました。当然、建設関係に多くの人が従事したはずです。やがて、そうした仕事は職業として確立されていきます。それだけ歴史の古い職業であるのに、日本が近代社会への歩みをはじめてからも、建設に従事する人の権利は十分に守られてはいませんでした。
明治に入り、洋風建築の手法や新しい建築素材が取り入れられるようになると、それまでの親方は請負業者の下で働くようになります。自営業者としての面がある一方で、労務管理の役割ももたされ、賃金労働者の立場になってしまったのです。労働者としての面から、賃上げ要求、社会保障の充実を求め、立ち上がりました。そして、いくつかの建設関係の労働組合が結成されていきます。戦後になると、この動きはさらに活発になっていきます。 |
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愛知建設労働組合も、そうした流れに沿って、主として名古屋市在住の建設労働者が中心となり昭和38年4月に結成されました。また、社会保険を充実させるための活動に取り組んだり、中小建設業者の利益や要求も取り上げる必要性から、愛知県建設産業協会や、職業訓練を行う愛知県建設センターを組合とは別法人という形で設立しました。
現在、愛知建設労働組合に加入しているのは大工、とび、塗装、建具、造園、電気通信工事など建設に関係する28職種、3000名です。
同組合の特色は愛知県建設センターによる名古屋建築技能大学校の運営です。ここでは、実践技術の習得や1級建築士、技能士などの国家資格の取得を目的にした短期講座が9講座用意されています。さらに、伝統的な建築技術や知識を継承することにも力を入れています。 |
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建設組合における最新建築知識の養成と伝統の技の継承 |
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例えば、指矩(さしがね)と呼ばれる大工道具があります。木造建築で使われるモノサシです。長短2本のモノサシをお互いの端で直角につなげたようなL字型をしています。表と裏には、異なる長さの目盛が刻まれています。単純な形ですが、この指矩1本でルート計算や屋根の勾配なども割り出せ、コンピュータなどを使わずに木造住宅を建てることができるのです。こうした指矩の使い方は規矩(きく)術と呼ばれています。
これらの古くから使われている道具を使いこなせる人は、年々減少しています。本物や個性が求めら時代にあっては、伝統的な技法や長年の知恵から生み出された知識に裏打ちされたものこそ、大切にされなければなりません。そして、優れた技術の継承は、木造住宅への評価を高めることにもつながるのです。
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