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愛知県建築組合連合会

 

聖徳太子ゆかりの「太子講」

 
 職業によっていろいろな守り神がいます。大工さんたちは、昔から聖徳太子を工人の祖として崇めてきました。これは、聖徳太子自身が大工の祖というのではなく、日本建築で昔から使われてきた建築用万能計算機ともいえる「さしがね」の技術を広めたというところから来ているようです。
 「太子講」というものが始まったとされるのは、室町時代ころからです。「講」とは、仲間うちでお金を融通しあう一種の相互扶助的な金融組織のことです。こうした講は様々な職業集団、地域集団の中で、戦前まで残っていました。いまも「太子講」を開く大工さんたちはたくさんいます。ただし、いまでは相互扶助的な金融組織といった面は姿を消し、お互いの親睦を深める場となっています。
 

大工さんが中心の組合

 
 愛知県建築組合連合会は、もともとこの太子講から出発しています。地域ごとにあった太子講をもとに、昭和23年に愛知県大工労働組合連合会の名称で設立されました。経済情勢の厳しい戦後社会にあって、生活防衛や建築資材の配給問題が組合の大きな活動にもなりました。さらに個人事業主が多いため、事業税撤廃運動などにも取り組みました。健康保険問題、技術講習会など、様々なことにも積極的な取り組みを行ってきました。
 組合の前身や名称からも分かるように、他の建築関係の組合に比べて組合員の中に占める大工さんの割合が非常に多いのが特色です。昭和31年には戦禍で焼失した聖徳太子堂を東別院境内に再建しました。その後、太子堂は東区の徳源寺に移転されましたが、いまも太子講の行事として、毎月22日には徳源太子堂に住職を迎え月並祭が行われています。また、毎年春と秋の2回に大祭を営むほか、隔年で9月に法隆寺参拝を行っています。
 他の建築関係に従事する人が徐々に組合員の中にも現われ、昭和39年に愛知県建築労働組合連合会に名称を変更し、さらに昭和46年に現在の愛知県建築組合連合会という名称になりました。
 
工人の祖とされる聖徳太子を崇めて作られた「太子講」から出発
 

講習会や工事見学などで技術を継承

 
 長年にわたり、日本の風土に適した建築物を作り上げ、さしがねを使った「規矩(きく)術」を発展させてきた日本の工人。ところが、戦後における技術開発や機械化は、それらの技術を徐々に忘れさせようとしています。一度失われた文化や技術を復活させることはほとんど不可能です。
 現在、組合では新しい技術の技能習得の講習会と同時に、建築士受験のための講座、木造住宅技能検定の講習会、さらに建築現場ではほとんど使われることのなくなった規矩術を絶やさないための講習なども実施しています。あるいは、伝統建築物である薬師寺建替工事見学など、技術の継承に力を入れた取り組みを行っています。
 

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