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「板金」は本来の意味からいえば「鈑金」と書くのが正しいのです。しかし、鈑金という字は当用漢字にありません。そこで一般には板金と表記されています。板金とは、まさに金属の板を加工する技術です。基本的には、曲げる、切る、凹凸をつける、延ばすといったことですが、たたいて加工する技術といった認識が一般的のようです。
日本における板金技術は、神社仏閣の屋根や吊灯籠の加工から始まったとされています。昔は、いまの製鉄所で行っているような圧延(あつえん)加工の機械などありません。たたいて延ばしていたのです。板金加工の工芸品に銅が多い理由は、柔らかくて、加工しやすいという面もあったようです。
そうした「打ち出し板金」の技が発揮できるのは、いまでは文化財の修理など、ごく一部の仕事に限られています。しかし、熟練の技をもつ人は、ゲージを使わず、まさに勘と経験だけの手作業で100分の1ミリの精度のものを作り上げることができるのです。
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鈑金が板金となったように、加工する商品も加工技術も時代とともに変化しています。板金は大きく分けると雨樋や外壁などの建築板金と、厨房関連設備、自動車や家電製品などの工場板金に分けられます。さらに、冷暖房ダクトのような断熱加工をともなう建築と工場の両者に係るダクト板金があります。
建築板金では、大きなものではナゴヤドームの屋根なども作っています。一般の住宅でも、ハウスメーカーが設計、建築した家であっても施主のニーズや設計上の都合で雨樋の長さや形状、デザインなど変更する場合に、板金の技術が必要となってきます。
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たたく、曲げるコンピュータなみの正確さ |
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愛知県板金工業組合も、歴史的にはかなりの古さを誇っています。明治の終わりころ、すでに「名古屋鉄葉工業組合」や「名古屋銅工組合」というものがありましたが、全国的組織の組合を作り、技術の向上、業者の発展と福祉厚生を図らなければ時代に取り残されるということを唱えた人物が名古屋に現われます。その努力が実り、昭和13年に愛知県板金工業組合が結成され、昭和15年には、全国板金工業組合連合が発足します。
組合員の数が最も多かったのは昭和30年代で、愛知県内に約1200社ありましたが、最近は800社ほどになっています。企業形態をとるところは少なく、多くは家内工業的に経営されています。ここでも後継者の育成が大きな課題となっています。
また、最近は住宅品質確保促進法の施行に先がけ、屋根、外壁は10年間、雨樋は5年間保障する責任保証制度の推進に努めています。この制度は技能検定に合格し、所定の講習を受講した組合員が施工した工事に対し組合が保証する制度です。
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