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名古屋は、京都と並ぶ日本の扇子(せんす)の産地です。名古屋扇子は、宝暦年間(1751〜1764)に京都から現在の西区幅下付近に移り住んだ井上勘造親子によって始められたと伝えられています。
名古屋扇子の特色は祝儀扇や男物の量産品が中心でしたが、扇画紙の両面に渋を引いたものが作られるようになり、大正ごろから中元などの贈答品として使われるようになりました。
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扇子そのものはいかにも日本的な用具ですが、昔の中国やヨーロッパで、貴族の女性が豪華な扇子を手にしている絵があります。扇子そのものの発祥はどこなのでしょうか。
いまから1800年ほど前、中国の後漢時代に団扇(うちわ)のことを扇(おうぎ)と称し、それが奈良時代に日本に伝えられました。
やがて平安時代になり、ヒノキを薄い板状にしたものを紐で綴り、要(かなめ)で止めた檜扇(ひおうぎ)が作られ、その後すぐに、竹の骨に紙を張った蝙蝠(かわほり)が作られました。これが現在の扇子の原形になりました。
さらに、日本で作られるようになった扇子は中国に輸出され、16世紀には、ヨーロッパに伝わったのです。フランス・ルイ王朝時代に描かれている女性が手にする扇子も、もとをただせば日本で考案されたものだったのです。 |
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材料は竹と紙だけでも多岐にわたる製造工程 |
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扇子の材料といえば竹と紙の2つだけです。ところが、製造には、実に多くの工程があり、それぞれに異なる職人が係わっています。
竹についていえば、割り竹の皮と腹を薄く剥ぐ「割竹せん引」、扇骨を成型する「あてつけ」、天日にさらす「白干し」、「磨き・塗り」、「要打ち」、紙の間に入る扇骨を薄く削る「末削(すえすき)」です。一方の紙は扇の形に裁断する「紙合わせ」、「上絵付け」、蛇腹状に折る「折り」、紙と紙の間に竹骨が入るすき間を作る「中差し」、竹骨が入りやすくする「吹き」、そして骨を入れる「中付け」などです。
一職一芸というのが扇子づくりの特色で、しかもどの工程も技能を習得するには最低でも3〜4年はかかります。
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名古屋扇子製造組合が最初に設立されたのは、記録では昭和10年です。現在、尾張名古屋の職人展やデパートで行われる催しものへの出展などが主な活動となっています。扇子そのものの需要が大きく減少することはないと思われますが、職人の高齢化が進み、家内工業的な一職一芸の世界のため、技能をいかにして保護・維持していくのかといった難しい課題を抱えています。
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