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中部人形節句品工業協同組合

 

平安朝に始まり、江戸時代に確立

 
 節句といえば、3月3日の「桃の節句」と5月5日の「端午(たんご)の節句」だけと思われていますが、もともとは中国から伝わった風習として1月7日の「人日(じんじつ)」、3月3日の「上巳(じょうし)」、5月5日の「端午(たんご)」、7月7日の「七夕(しちせき)」、9月9日の「重陽(ちょうよう)」を五節句といい、様々な祝事が行われてきました。このうち重陽の節句はほとんど忘れられていますが、その他の節句は、少しずつ形を変えて今に伝えられています。
 上巳というのは、もともと中国に冬から夏へと移り変わる節目に川で身を清め不浄を祓(はら)う風習がありました。また、日本には人型に切り抜いた紙で体をなで、けがれを移して川に流す風習がありました。これらの風習に宮中や貴族の間で女の子が人形で遊ぶ「ひいなあそび」が結び付き、いまから500年位前から、桃の花が咲く旧暦の3月3日に人形を飾るようになったのが、雛祭りの始まりとされています。最初は男女一組の人形を飾るだけでしたが、それに様々な人形が加わり、現在のような形に整ったのは江戸時代になってからだとされています。
 

江戸時代後期に始まった「ひな人形市」

 
 宮中から始まり、やがて大名へと伝わり婚姻道具の一つに加えられた雛人形は、さらに一般庶民へと広がります。江戸時代の後期には、名古屋でも「ひな人形市」が開かれるようになりました。
 中部人形節句品工業協同組合の前身は明治に結成された名古屋雛玩具人形組合です。大正になると、東京から人形師を招き、技術の向上に励みました。さらに戦後になり、分業化による生産方法を確立します。組合は昭和23年に愛知県雛人形文化協会として再出発し、昭和39年に現在の組合となりました。
 雛人形といっても、ぼんぼり、雛壇、もうせん、屏風、五人ばやしがもつ楽器など、多くの道具も飾られます。さらに人形師といっても頭部を専門とする「頭師(かしらし)」、胴の部分を専門とする「着せ付け師」とに分かれます。頭部の材質はかつては桐のおが粉を固めたものが使われていましたが、現在では石膏が主流となっています。胴の部分は藁(わら)で作り、そこに針金で手足をつけ、衣装を付けてから形を整えます。
 
一体の人形が作られるのに必要な多くの職人の技
 

伝統的な生活文化を守り、継承

 
 中部人形節句品工業協同組合には、分業化された様々な人たちが加入しています。以前は100社ほどが加入していましたが、現在は77社と減少しています。
 雛人形や五月人形はきわめて季節性の高い商品です。そのため節句人形の専門店は年間を通した経営の安定が一つの課題となっています。また、日本の伝統的な生活文化を守り継承していくことも組合としての大きな事業となっています。
 

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