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名古屋装粧品卸協同組合

 

昔小間物、いま装粧品

 
 装粧品(そうしょうひん)といってもピンとこない人がいるかもしれませんが、小間物といえば分かる人も多いでしょう。小間物というのは、女性の身の回りを飾る様々な商品の総称です。
 小間物を装粧品というようになったのは、昭和30年からです。にもかかわらず、いまだに小間物という言葉の方が分かりやすいというのは、それだけ小間物の歴史が古い証拠です。江戸時代には、すでに呉服小間物商とか小間物商という言葉が使われています。
 小間物といっても、必ずしもきちんとした定義があるわけではありません。一般には女性の装飾品全般を指していますが、江戸時代には櫛やかんざし等の頭を飾るものから、白粉(おしろい)等の化粧品といったものが小間物の中心的な商品であったようです。
 

西洋の珍しい品物はすべて西洋小間物

 
 明治時代になると、西洋から様々な品物が入ってきます。当時、西洋小間物と呼ばれたものには、ハンドバッグ、石鹸、歯磨、さらには紅茶、コーヒーといったものまで含まれていました。要するに、それまでの日本にはなかった西洋の珍しい日用雑貨や食品までを小間物として総称していたようです。このころ小間物店で扱っていた商品を分類すると、頭飾品、化粧用具、装身具、袋物、和装用具、化粧品などに分けられます。
 明治24年、京都において、愛知県からも出席して重要物産産業連合会の大会が開かれました。それをきっかけに名古屋五二会が結成されます。この会は県下の重要物産である織物、陶磁器、漆器、製紙、銅器の五業に、敷物と雑貨を加えたもので、この雑貨部門に小間物・袋物部会が設けられました。大正9年にはこの雑貨部門から小間物、袋物、化粧品などがそれぞれ単独組合として独立し、名古屋小間物卸商組合が誕生しました。
 昭和15年の商業組合法に基づき、名古屋小間物卸商組合は愛知県全域の企業を含め、愛知県小間物雑貨卸商業組合となります。組合員は160名に及びました。
 
時代の変化に対応しながら成長
 

美しくありたいと願う女性の心に応える

 
 戦中、戦後の混乱期を乗り切った組合は、名称の「愛知県」を「名古屋」に変更します。昭和30年には、「小間物」の名称を「装粧品」にすることにし、それに伴い、組合名を現在の名古屋装粧品卸協同組合としました。
 女性のファッションは時代を映す鏡だともいわれます。装粧品の内容も時代とともに大きく変化してきました。でも、いつまでも美しくありたいと願う女性の心に変化はないはずです。
 いま、組合員は27社となっていますが、これからも、女性のための新商品の開拓に努めていきます。
 

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