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愛知県理容生活衛生同業組合

 

「断髪令」から始まった日本の理容

 
 赤、青、白の3色がくるくる回る理容の看板としてお馴染みのサインポール。それぞれの色は赤が動脈、青が静脈、白が包帯を表現しています。これは、中世ヨーロッパでは、理容師が「理容外科」として医療業務に携わっていたことに由来します。それが世界共通の理容の看板となり、日本へは、西洋理髪と一緒に入ってきました。
 日本での西洋理容技術は、明治4年に布告された「断髪令」から始まります。政治や経済のシステムだけでなく、生活の様々な面で、西洋化を進めようとして丁髷(ちょんまげ)を廃止しようというのが「断髪令」です。
 髪を結うことが中心であった丁髷から、髪を切る散髪が中心になれば、それまでの道具も技術も変わってきます。明治の初めころの男性の髪形といえば、丁髷を切り落としただけの散切(ざんぎ)りであったのが、徐々に髪形を整えるようになっていきます。バリカンは明治7年にフランスから輸入され、元結い鋏に代わって支点が中間にある理容鋏の利用も急速に広がります。
 

公衆衛生の維持・向上をめざして

 
 そうした中で理容関係の協同組合も作られていきます。理容業は人の肌に直接刃物や鋏を当てるため、衛生管理には特に気を配る職業です。公衆衛生の維持・向上などが組合としての大きな役目でした。その流れは戦後も同じです。
 昭和23年に「理容師法」が制定され、さらに32年には「環境衛生関係営業の運営の適正化に関する法律」が制定されます。愛知県理容生活衛生同業組合も、このときに設立されました。以来、理容業者への衛生設備の充実などの指導や、毎年、衛生週間を設け、全国的な取り組みなどを行っています。もちろん、技術指導や後継者の育成にも組合として積極的に取り組んできました。
 
トータルファッションとしての
ヘアメイク
 

時代のニーズに応える店づくり

 
 ヘアスタイルはその人の個性を表現する大きな要素です。平成元年からは新しいヘアスタイルの創作の発表も行っています。
 かつて、理容は男性、美容は女性といった区分がありましたが、いまでは両者の垣根が低くなっています。男性が美容店を、女性が理容店を利用することが珍しいことではなくなっています。組合としては男性だけでなく、女性のヘアスタイルも創作しています。さらに、魅力的な店づくりの指導なども行っています。理容学校への入学志望者も毎年かなりの数にのぼっています。
 髪を切ることから始まり、美顔、増毛法、毛染めなど、いまやトータルファッションとしての役割がますます大きくなってきたヘアメイク。組合では、いかにして時代のニーズを先取りし、それに応えていける店づくりをしていくかの研究などにも取り組んでいます。
 

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