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名古屋料理調菜仕出し業組合

 

注文先まで料理を届けることが仕出し

 
 仕出し業の元は、主に八百屋さんと魚屋さんだといわれています。近所の家で何かおめでたいことや法事、あるいは会合などがあったとき、食事を頼まれて届けたのが始まりだというのです。いつごろから行われるようになったのかは明確ではありませんが、江戸時代にはあったとされます。組合の歴史もあまり詳しいことは記録が残っていないようです。ただ、昭和15年の日付で各料理の価格を記した看板が残されています。そこには、名古屋料理調菜業組合の名前が明記されています。
 最初のころの仕出しは単品ということも多かったようですが、やがて料理全体を作るようになりました。器に料理を詰めて届けたり、大方の下ごしらえをしてからお客様の家へ出向き、そこで仕上げて盛り付けていました。
法事のときの精進料理や、お茶会用の懐石料理なども注文があればできる限りの対応をしていたようです。しかし、いまでは宴会、会席料理が主流になっています。
 

日本の伝統的習慣が築いて支えてきた業

 
 組合は戦後すぐには100軒以上は加盟していました。戦後の食糧統制の下で配給を受けるため、組合に入った人が多かったようです。当時、お米などは、指定の寺へ一括して納入され、そこへ各組合員が受け取りに出かけたということです。
 いま、組合員は市内で37軒。バブル経済が崩壊した後に数を減らしています。景気の低迷ということもあるのでしょうが、家の構造の変化等により、法事などもかつてのように自宅で行うのではなく、料理屋さんで行う人が増えたということもあるようです。仕出しは日本の伝統的な習慣と一体となった部分のある業種です。そして市内でもいわゆる新興住宅地には、組合加盟の店はありません。
 仕出し屋が料理屋と違うところは、相談をして自由に料理を注文でき、自分の指定した空間で食べることができるという点です。
 
江戸時代から伝えられてきた
仕出し業
 

これからの仕出し業は

 
 ケータリングとか出張パーティというのが耳新しく聞こえた時期がありましたが、呼び名を変えただけで、つまり仕出しのことです。人の集まるところには必ず需要はあるわけで、これからは広く社会の要望、志向するものに応えて、伝統は尊重しながらも和食、洋食のみならずいろいろな料理を時代にマッチさせて取り入れ、さらには創造していくことが大切となっているようです。
 研修旅行や親睦活動を通じて、組合としても新しい仕出し業の在り方を模索しています。
 

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